おはようございます。
昨日テレビを観ていたら、京都大学の山中教授が50歳という若さでノーベル賞を受賞したとの事、とても嬉しく思います。
昨年受賞を逃した事もあり、ips細胞という用語は私達一般市民にも広く知られる様になりました。
細胞を初期化する、という作業に成功し、また罹患した方から作り出したips細胞と健康な細胞とを比較したり、様々な外的要因を与える事により何に対して反応を示すかを見極めて新薬の開発を目指しているそうで。。。
昨日山中教授が「受賞した事により、倒れるんじゃないかと思う程の責任を感じる」と仰っていました。
まだ、細胞を初期化する、という事に対しての成功であり、臨床に生かすには網膜に対し2~3年、脊損に対し5~6年という時間が必要、つまり「途中」であるから、と。
さて、ここで私が危惧している事があります。
この受賞、そして畑違いの分野の事を市民が知ろうとする風潮が、「一過性」になりはしないかという事。
もちろん健康に対する期待値というのはとても高いですから、医学分野での受賞は他に比べると評価も関心も高いでしょう。
それでも、目の前に起きてすぐに結果がでる日常生活と比べたら、待ち、の時間があまりにも長い。
先日、ALS協会の会報に、http://www.alsjapan.org/contents2/info0/20120814.html東大と徳島大の研究成果が載っていました。
理不尽なまでにあっさりと、難病だから、と諦めさせられ、愛する者の命を奪われた身としては、研究者の方には本当に頑張ってほしい。
研究の持つ難しさ、意味合いは私にはわかりません。
山中教授は「沢山のカードが並んでいる中で、偶然私がラッキーなカードをめくったにすぎない」とお話されていましたが、きっとそういう事なんでしょうね。
国は、沢山の方が時間や、生活を犠牲にしている事を忘れる事なく、こういった方々のバックアップをすべきだと、改めて感じました。
山中教授、そして研究に関わった全ての方に、心からおめでとうございます!!
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